2度目の入院生活

2月の中頃から喉に違和感を感じるようになった
なんとなくご飯が飲み込みにくい
前回、検査入院で右の耳下腺を生検用に摘出したので、今頃唾液の出が悪くなったのかなと思ったが特に支障もないのでしばらく放っておいた
2月22日にようやく診察を受けようかと予約の電話をしようとして声が出ない事に気が付いた
北里大学病院に電話をし、なんとか擦れ声を絞り出して病状を説明するが「耳鼻科は検査入院の際に診療終了となっているので再診は出来ない、地元の耳鼻科に行って必要なら紹介状をもらって欲しい」との事だ
もっともなご意見なので駅前の耳鼻科に電話をし、24日の予約を取る(翌日は祭日だった)
だんだん症状はひどくなり、水も食べ物も飲み込むのが難しい
24日に耳鼻科の検査で左の声帯がマヒしていると診断され北里大学病院の紹介状を書いてもらう
25日に北里大学病院の耳鼻科を受診、22日に62kgだった体重はこの日の朝58kgになっていた
診察したKという医者は声帯の麻痺とゼリーの嚥下障害を確認しただけで3月4日、6日のCTと内視鏡検査、11日の次回予約を設定しただけで帰そうとする、3日間ろくに水分も摂れていないし体重も4kg落ちていると訴えると血液検査の結果を見て「まだ大丈夫でしょう」との返事だ、誤嚥しにくい飲み方や食べ方のレクチャーは勿論、点滴くらい受けられると思っていただけに信じられない思いがする
3月1日まで容体は変わらず、水やゼリーを無理やり流し込むがどこに入ったのかもわからない
気管に入ると腹筋がねじ切れるんじゃないかと思う程にむせ返る
さすがにヤバいと思い主治医のクリニックで点滴してもらおうと風呂に入って支度をする
着替えていると急に寒気が襲ってきた、ホットカーペットを強めにして羽毛布団をかぶってもガタガタ震えて止まらない、体温計は電池が切れて測れないが40℃以上はありそうだ
いつの間にか気絶するように寝入って気が付いたのは何時間か後だった
よく気が付いたものだ、そのまま目が覚めなかったら脱水症状で孤独死体いっちょあがりだった
119番に通報、誤嚥性肺炎だと思うと伝える
コロナ下で受け入れてくれる病院を探すのは大変だろうが北里を受診中だし大丈夫だろうと思っていた
やって来た救急隊員も次回の予約票とかが机の上にあるのを確認し北里に連絡を取る
救急車に乗って聞こえてきたのは「耳鼻科は受け入れ拒否です」の声
その後30分近く待たされて検査入院した膠原病内科に受け入れが決まった
「助かった」という思いと「耳鼻科のKは許さん」という思いが交錯する
39.4℃という高熱でもありコロナ疑いという事でPCR検査の結果がでるまで個室に入る
やはり誤嚥性肺炎による発熱で、抗生物質やブドウ糖などじゃぶじゃぶと点滴を入れられて人心地ついた
4日後PCR陰性という事で丹沢を眺められる大部屋に移った

北里から丹沢.jpg
西向きの部屋から丹沢の眺め

エコー、内視鏡、CTにMRIとあらゆる検査を受けて診断されたのは、検査入院で病名は確定していたが治療は保留にしていた病変が悪化し、反回神経を圧迫して声帯や喉を麻痺させたという事だった
予想したことだし、まずはガンでなくて良かった、点滴に大量のステロイド剤が加わる
耳鼻科のKの診療があった「なぜ水も摂れない患者を放置状態にするのか、他の患者はどうやって水や食べ物を摂っているのか、誤嚥性肺炎を起こした患者も大勢いるのではないか」と詰問すると「知らないよ、どうにかして補給してるんでしょ」とぬかしやがった
流動食を摂りはじめたばかり、前日に髄液を抜かれてフラフラの状態でなければ殴っていただろう

北里から日の出.jpg
東向きの部屋に移って日の出を拝む

ステロイドの投与と栄養の補給で体調は随分と良くなった
麻痺していた声も少しは出るようになり、食べるリハビリも始まった
ナースセンター近くの大部屋から比較的軽症の患者が入る東向きの部屋に移る、毎日朝日が拝める気持ちの良い部屋だ、ただし気持ち良いのは窓側のベッドだけで廊下側はカーテンしか見えない
長期入院の患者は優先的に窓側にしてくれているのかな?
耳鼻科の上司に事情を説明してKには担当を外れてもらった、元気になった状態で顔を合わすのはお互いの平和のためにも止めた方が良い
しかしハズレはこいつだけで他のお医者さん、看護師さん、リハビリの先生、看護補佐さんに至るまで素晴らしいスタッフが揃っている、北里大学病院は良い病院だと思う

入院当初から毎日ベッドの上で腹筋3種類と背筋のトレーニングはやってきた、点滴が抜けると腕立て伏せも追加、点滴台を残してもらってダンベル代わりに使用する
スクワットとカーフレイズ、1Fから7Fの階段往復も回数を増やしていく
摂取カロリーは1500kCalと最低限なので体重はみるみる落ちていく

4月16日退院、街を歩くと結構ふらつくし、信号の変わり目でダッシュできない
まん延防止措置の最中でもあるし、ゆっくりリハビリしながら山に復帰したいと思う
現在の体重は52kg、中学生当時の体重だ
一番太っていた時は72kgだった
筋力を増やしながら56kg位にはしたいかな

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この記事へのコメント

  • shiro

    ardbegさん
    入院していらっしゃったとは!
    blogの更新が途絶えていたので、どうしたんだろうとは思っていました。
    大変なご病気をされていたんですね。
    それでも病院のベッドで筋トレとは・・・ardbegさんらしいや。
    体力が復活して、丹沢に戻っていらっる日をお待ちしています。
    また一緒に山を歩きましょう!
    どうぞご自愛ください!!
    2021年04月17日 17:42
  • ardbeg

    shiroさん
    長い入院生活で思った以上に筋力が落ちてしまいました
    狭い病室での筋トレは限界がありますね
    また一緒に歩けるよう、気長にリハビリに取り組みます
    ありがとうございました
    2021年04月17日 19:29
  • M-K

    ardbegさん
    入院して病気と格闘しておられたとは・・!。早いご回復をお祈りいたします。(名前だけのミスは削除お願いいたします)
    私のドジ踏み入院の時にお世話になった事、忘れるものではありません。
    私はお役に立てず誠に申し訳ございません。
    2021年04月17日 22:34
  • ardbeg

    M-Kさん
    これまで丈夫なだけが取り柄だったのですが
    いろいろと無理の効かない年になってきたようです
    幸いなことに生き残りましたので
    これからもしぶとく山に行きたいと思います
    きっとレガーさんが同窓会を企画して下さるでしょう
    また山でお会いしましょう
    2021年04月18日 00:28
  • レガー

    大変な状況を教えていただき心配をしましたが、
    経過が良好のご様子で安心しました。
    しかし、院内でのトレーニングメニューではありませんね。
    shiroさん仰るように、さすがardbegさんです♪

    ご指名をいただきましてありがとうございます。
    もちろん、「同窓会」はまた企画をさせていただきます。
    コロナ禍が落ち着きましたら、早速手配しましょう(^^)
    会場は、その時の皆様の体力と相談していきますね。
    2021年04月19日 13:10
  • ardbeg

    レガーさん
    同窓会幹事役引き受けて下さり、ありがとうございます
    楽しみに待ちながらリハビリに励みます
    退院してすぐの日曜日に軽く歩いてきました
    バランスは微妙な感じですが、筋肉痛はそれ程でもなく
    心配は栄養と水分の補給が進まない事ぐらいです
    帰って体重を測ると50kgを切ってました、ちょっとやばいですね
    2021年04月19日 21:06
  • utayan

    あーさん、大変でしたね。
    医者も人なのでいろいろです。
    ゆっくり養生&リハビリ復帰、バッタリしましょう!
    アルコールの我慢が一番しんどいのでは?
    2021年04月19日 22:07
  • ardbeg

    utayanさん
    ほんとうに医者もいろいろ、北里の耳鼻科を受診する際は注意して下さい
    Kという耳鼻科医は何人か居ますが、自分が受診した曜日には一人しか外来を担当していないのでわかると思います。ミキの昴生みたいな見た目の奴でした。傷害罪にならなくて良かった!!
    退院後もお酒は控えてます、土日以外は禁酒にするつもりです
    2021年04月20日 06:45